10月1日の月例坐禅会

涼しい秋風が堂内へも、時折押し寄せてくる。虫の音が、周囲を満たしている。しばらくするとそんなことも意識から遠のき、気がつくと線香がすでに消えていた。

一人の坐禅はとても深く、落ち着くことができる。しかしこれまで続けてこれたのは、参加してくれる人がいるおかげだなと思う。15年も続いている。

市民坐禅会であるから、参加する人達は坐禅に対して、それぞれの考えや受け止め方がある。それを尊重するためには、特定の宗旨や教義に傾かないよう、今後も一層の注意を払いたいと思う。それが坐禅の根本に帰ることだと考えながら、帰途につく。

 

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