11月3日の月例坐禅会

18時に会社を出て、慈眼院へ向かう。駐車場へ車を止め、門前で一礼する。本堂へ入ると、すでに6名の方が来ておられた。坐禅は初めてという2名の方に、坐禅法を説明する。
肌寒い夜だが、瞑想はとても深まる。いつの間にか2時間が過ぎている。みなで南寿明和尚様に挨拶し、書院でお茶を頂く。いつも熱いお湯と、お菓子がテーブルに並んでいる。丹波の船徳利に、野菊と山ホトトギスが入れられている。慈眼院で坐禅をはじめさせて頂いてから、もう15年になる。当初の1年間は、一人坐禅が続いた。その後も続けることが出来るのは、お寺のおかげだ。

初めて参加された二人は、ヨットをされているとのことだ。能動的なヨットと、動かない坐禅。面白い取り合わせだ。
キリスト、ムハンマド、ブッダ、三大宗教の創始者は皆、瞑想を経て啓示を受けている。そのさらに2000年以上も前に遡り、すでに瞑想が行われていた。宗教として形をなす前から、瞑想が行われていたのだ。従って今更、宗派や教義にとらわれる必要はない。これが唯一の正解だと言うこともない。自分の課題を率直に見つめるために行う。感情にとらわれないで、課題を360度の角度から眺める。そして自分の得た結論は常に疑う。
柳田聖山先生の一言を思い出す。「宗教は疑うものや、信じてはいかんで、疑って疑い尽くさないかん」
古田武彦先生も、そうであるに違いない。だからこそ、揺るぎない自信が持てるのだ。

 

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